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白い鳥 [昔々のこと]

 小学何年生のときだったか忘れましたが、東映アニメ映画「安寿と厨子王丸」を見ました。その頃、私達が映画を見るというと学校の講堂でした。多分全校生徒が揃っての映画鑑賞会だったと思います。

ダウンロード.jpg http://youtu.be/2gR7kyF7Sa0

 この映画は1961年の作品ですが、地方のしかも田舎の小学校に封切りの年に回ってきたとは思えないので、それより1.2年後、つまり私は小学3.4年生くらいになっていたと思います。

 その後、何回もテレビで再放送されました。その頃は映画がテレビで放映されると技術が伴っていなかったのか、全体が縦長になって映しだされたものでした。人物もひょろっと背が伸びて写っていた記憶があります。しかし、そんなことを抜きにしても、見るたびに子供ながらもなんとも切ない思いにさせられたアニメ映画でした。

 この作品は、森鴎外「山椒大夫」が下敷きになっています。無実の罪で国を追われた官吏の家族の物語です。母と姥、姉弟が旅の途中、人買いにだまされて離れ離れになり、姉弟は恐ろしい山椒大夫に買われて重労働を強いられます。

 物語はうろ覚えですが、途中で姉が亡くなって、白い鳥になり終始厨子王丸を見守るシーンは子供ながらに印象的でした。はじめはそれが死の象徴とわからず、姉が変身しているのだと思ったものです。

 やがて厨子王は成長して出世し、「安寿悲しや、ほうやれほ。厨子王悲しや、ほうやれほ」と歌う盲た母親と再会するシーンは何度見てもぐっとくるものがありましたね。

 子供の私はアニメにしてもドラマにしても勧善懲悪の物語しか知らなかったので、かわいそうな主人公の姉が、死んでしまうということがなかなか納得できませんでした。そういう子供の心理を知ってか、安寿が白鳥と化して弟を見守るという設定は素晴らしかったと思います。子供心にも切なく悲しく、心に深く残りました。




DSC_5203.JPG

 さて、それから20年後、私は少年期、青年期を経てすでに30歳を超えていました。都会生活を終えて田舎に帰った私は、静かだけれどちょっと物足りないような日々を送っていたのだと思います。

 結婚して間もないある夏の日のことでした。それまで一人で我が家を多面にわたって支えていてくれた父が急逝しました。当然のごとく私は途方に暮れました。それまで父がいることをいいことに、地域のこともお寺のことも何もかも父任せにしていましたから。

 田舎の葬儀は聞きしに勝る大変さで、様々な応対に右往左往、とても父の死を悲しんでいる余裕もないほどでした。父の存在の喪失感と悲しみがじんわりと骨身にしみ出したのは、色々な行事が過ぎた後のことでした。

 父が亡くなって困ることは数え切れないほどあったのですが、中でも田んぼの存在はうっとおしいことでした。ほとんど父任せにしていて私は農繁期に少し手伝っただけでしたから、米作りなど何も知りません。

 私は他に勤めも持っていましたし、もちろん我が家のようなわずかばかりの農業で食っていけるはずもありません。私にとって農業は休日も田んぼに出なければいけないだけのただ煩わしいだけの存在でした。

 この際だからやめようと一旦決めたのですが、小さな田んぼを他にしてくれる人も見つかりません。かと言って先祖伝来の田んぼを草だらけにしておくのはみっともなく、また周囲にも迷惑をかけてしまいます。

 結局、叔父に説得されて不承不承ながら田んぼを引き継ぐことにしました。その年の稲は父が田植えをし大半を育てていたので、跡は叔父に手伝ってもらいながら何とか刈り取りを済ます事ができました。

 稲刈りが終わると、籾は農協のライスセンターに持ち込めば乾燥から籾摺りまでしてくれるので農家もこれと言ってすることがありません。やれやれこれで来年の春までは一休みできると思っていました。

 父の百か日の法要を終えたのが11月だったと思います。お参りに来ていた叔父が私に年内中に一度田んぼを鋤いておかないといけないよ、と言いました。

 私は、今まで田植え機やコンバインは操作したことがありますがトラクターはありませんでした。叔父が教えてくれることになり、12月のある日、二人で日を合わせて田んぼに出ました。

 叔父は、自分の田んぼで使ったあとのトラクターをそのまま使いました。田んぼを鋤く時に使う培土機の取り付けなどをが済んでいるのであとは、細かな調節をするだけです。

 田んぼに入って実演しながらの指導でした。前進や後退などの操作は車と変わりありませんが、他に高速回転する爪のあげおろし、回転速度の調節などレバーやスイッチが座席のそばに並んでいました。

 その頃はまだ田んぼは小さくてあぜ道も昔の牛車が通れる程度の幅しかありません。トラクターの脱輪転倒事故がよくありましたので、田んぼと田んぼの移動の際には神経を使いました。

 狭いあぜ道に比べると田んぼの中の方がずっと安心でした。広くて遮るものがない田の中は見通しも十分です。土を耕している限りは重くてスピードも出ないので、ひっくり返る心配もありません。多少曲がっていてもやり直せば良いのです。

 ただ、その頃のトラクターは今と違ってキャビンなどはなく、むき出しのオープンカー、野面を走る風がまともに当たります。田んぼを端から端まで行ったり来たりするのですが、風向きによってエンジンの熱気が伝わって暖かく感じられたり、反対に寒々とした風にさらされたりしました。

DSC_5220-001.JPG

 叔父に教わったとおり、田んぼの端からゆっくりと鋤いてゆきます。我が家の田んぼは小さくて、あちこちに散らばっていたので、一枚し終えるとまた次の田んぼへと狭いあぜ道を通って移動します。

 最後に一番奥にある田んぼまで来ると少し余裕が出てきました。耕耘しながら進んでいくと、トラクターの後ろに田んぼの土が起き上がりひっくり返されていきます。濡れたように黒光りした土の塊が私の後に畝となって続いていくのを見るのはなかなか気持ちがよいものです。

 この時期の耕うんは、霜が降りて凍てついた頃にするのが良いのだそうです。そういう時に田んぼを鋤くと、掘り起こした地面から湯気が上がり、土とわらの混じったような懐かしい匂いが立ち上がってきます。

 きちんと鋤けているか確かめながら、後ろを見い見いトラクターを進めているとさっきから視線の端に、一羽の白い鳥がずっと写っているのが気にかかります。

 まるで私が田んぼをちゃんと掘り起こしているか確かめるかのように、白い鳥は細い長い足でゆっくりと私が立てた畝の間を歩き、従いてきます。その姿が、コンバインや田植機を私が初めて使った時、心配そうに私のあとを従いてきた父の姿にかぶりました。

 私はなんとなくセンチメンタルな思いに駆られて、その白い鳥が父の化身ではないかと思いました。私の初めてのトラクター作業を心配して見に来てくれたのではないかと。

 もちろんそんな子どもじみた思いは妻にも誰にも話しません。単なる感傷にすぎないこともわかっていましたが、それからもずっとその白い鳥のことは自分の中で宝物のように残っていました。

 このあたりに白鳥は来ません。その白い鳥はシラサギだったと思います。その翌年だったかそれから数年後だったか忘れましたが、やはり私が田んぼを鋤いているとおなじようにシラサギがやって来ましたが今度は今度は二羽三羽と複数でした。

 おかしいな、仲間を連れてきたのかなぁなどと思っておりましたら、ある日、他の人がトラクターで田んぼを鋤いているところにもシラサギがいるのを目撃しました。

 そして、極めつけは農免道路を車で走っていた時でした。一台のトラクターの後ろにおぞましいほどのシラサギが群れたかっているのを見た時です。その時、私の淡いセンチメンタルな思いは見事に雲散霧消してしまったのでした。

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DSC_5250.JPG Fの頭文字のジャズミュージシャンは思いの外少なくて私のレコードはもう種切れです。今日からGに進むことにします。Gのトップバッターは私のお気に入り、GEORGE LEWIS(ジョージ・ルイス)です。彼は古いデキシーランドジャズのクラリネット奏者なのですが、日本では人気があります。そのせいかたくさんのレコードが出ているのですが、何枚買っても一番最初に買ったこの一枚を超えるものに出会えません。わずか1000円の廉価盤だったのですが。


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cafelamama

そらへいさんが耕す後を確認するようについてくる
お父様の化身のようなシラサギの話、いいお話ですね。
そらへいさんは、今も田んぼをやられているのですか?
わが家も実は田んぼがあります。
ずっと農家に貸していているのですが、
父の死後、母はその田んぼの所在を知りませんでした。
僕も去年実家に戻ってからその存在を知りました。
地主が知らないと恥ずかしいからと、去年その農家を訪ねました。
小さな田圃なら、自分で米作りと思っていたのですが、
思っていたより広くて、トラクターや田植え機など農作業車がないと
とても出来ないと思い断念しました。
by cafelamama (2012-12-21 20:32) 

Mineosaurus

1960年代の映画ではないはずです。リメイクでもないようですね。ジジイが小学校の総見で見た記憶があります。多分デジタルリマスターの公開なんでしょうね。
by Mineosaurus (2012-12-21 21:19) 

ski

サギがトラクターの後ろをついて回るのは見たことは TV でしかないのですが、虫が出てくるのを食べてるんでしたか。
家の周りも田んぼはどんどん高層アパートに変わったり店になったりしてます。食べていけなくて後継者が居ないので土地を売ってしまうということでしょうか。それに相続税の問題もあるんですよね。
今は不況なので逆転現象が起きてるところもあるみたいです。
作ったもの食べれば生きていけますもんね。

by ski (2012-12-22 00:01) 

takenoko

地方都市の商店で育った私には農業のことはわかりませんが、大変な手間が必要なことですね。
by takenoko (2012-12-22 06:34) 

たいへー

後を継ぐというのは、重いものですね。
まあ、私の場合は3年の徐行期間があったので、
下準備をして提灯屋を継いだのですが、
それでも分からない事ばかりですからねぇ・・・^^;
継いだとはいえ、父親は父親、私は私のやり方しかできない
と割り切って考えております。
by たいへー (2012-12-22 07:27) 

himanaoyaji

家を継ぐって大変ですよね、 我が家は長男が継いでますが
地域の風習、お寺さんなど付き合いが大変そうです。
私は家を出たので気楽でしたが住居確保は0からなので苦労しましたよ。
by himanaoyaji (2012-12-22 08:32) 

su-nya

私も夫の実家で数年間でしたが、田植え・稲刈りを体験することができました。結婚の翌年に義父が亡くなったので、夫もそらへいさん同様、慣れない作業を近所の人に教えられながらやっていました。週末に帰省して。
トラクター横転の話など、怖かったです。

白鷺、たぶんお父様だったのかも。その後、仲間ができたよ、と見せにきてくれたのかもしれませんね。

ジャズ、素敵な曲をありがとうございます♪
私はジャズを聴く時の飲み物は珈琲かバーボン、
と思い込んでいたのですが、
若い頃は珈琲が飲めなかった(飲むと頭痛がしたのです、、、)
それで、ジャズ喫茶でバーボンを飲む訳にもいかず、
レモンティーなど飲んでいました。レモンティーはクラシックの時の
飲み物、と思いつつも。


by su-nya (2012-12-22 08:33) 

そらへい

cafelamamaさん
こんにちは

田んぼをお持ちでしたか。
私は父から受け継いで20年、ようやく米作りが少しわかりかけてきたかなぁと思うころ、地域の田んぼが区画整理され団体営農になりました。
圃場も大きくて大型機械の投入、個人ですることは限られるようになりました。
田植え機だけが今残っていて、私も自分で食べるくらいは自分で作りたいなと思うことあるのですが、余っている土地は畑地として縛られているので稲を栽培することはできないと思います。
自家消費だけなら、家族構成にもよりますが、半反(5a)もあれば十分なんですが、貸している農家の方に耕うんとか機械仕事だけしてもらって
自分の食べる分だけ自分でやってみるというのも面白いと思いますよ。
ま、こだわっても水とか肥料は土地がつながっているので完全というわけには行きませんが。

by そらへい (2012-12-22 10:45) 

そらへい

Mineosaurusさん
コメント有難うこざいます

東映アニメ「安寿と厨子王丸」はぐぐってみると1961年制作となっていました。最近見たわけではなく、小学校の時に見た記憶です。
今でもDVDになって出ているのでしょうか。
by そらへい (2012-12-22 10:49) 

そらへい

skiさん
こんにちは

サギが耕うんした跡を確かめるように歩いているのは
地中のミミズとか幼虫の卵とかあるいは冬眠しているカエルとかを
探しているのでしょうね。
お金に換算してしまうと、シコシコお米作っているより田んぼ売ったり貸し出したりするほうがずっと手っ取り早いですよね。
相続も都会だと農地も宅地並み課税で大変ですが、田舎はそんなことはありません。逆に税をかけてしまうとそれでなくてもやり手がない農業の跡継ぎがますますいなくなってしまいます。
今の農業は、機械化されしかもどんどん大型化されていくので、作ること自体がおおきく変わりつつありますね。
by そらへい (2012-12-22 10:57) 

そらへい

takenokoさん
こんにちは

農業にかぎらずなんの仕事もたいへんですよね。
お店をやっておられる方は、それだけを生業にされているので
もっと色々大変だと思います。
兼業農家は、本当にいろんな意味で最悪でしたね。
by そらへい (2012-12-22 10:58) 

そらへい

たいへーさん
こんにちは

我が家は農業さえ外してしまえば、普通のサラリーマン一家
ただ、田舎なので仏壇があったり、地域のいろいろなことがあったりします。
商売でもないのに家を継ぐという感覚は、田舎独特のものですね。
若いころ、ときどきここは江戸時代かと思ったことあります。
今では、随分そういう意識薄れてきているようです。
とうぜんですが。
by そらへい (2012-12-22 11:02) 

そらへい

himanaoyajiさん
こんにちは

私は父から受け継いだ家をあまり直せていません。
そのお金をお寺やいろいろな付き合いに大半持っていかれた
気がしています。
でも、先祖伝来の土地は守りました。
(実は売りたくても売れないのですが)
これでは先細っていくばかりですね(笑)
by そらへい (2012-12-22 11:12) 

そらへい

su-nyaさん
こんにちは

帰国子女で都会ぐらしと思っていたsu-nyaさんも
色々と体験されているのですね。
農家の体験などそう誰でもできるものでも無いですからね(笑)
ご主人私と境遇が似ていますね。
私は同居でしたが結婚した年に亡くなりましたので
葬儀その他、嫁いだばかりの妻が大変でした。
そのせいで、今も頭が上がりません(笑)

トラクターやコンバインの事故はよく聞きました。
私も一度だけ危ない目に会いました。
斜面でトラクターが横滑りして・・・
オープンカーなのでとっさに飛び降りました。
飛び降りた先がなんと用水の中、ドボ濡れになりましたが
幸いけがなしで済ますことができました。

ジャズにコーヒーはともかくバーボン?
クラシックにレモンティもわかりません。
リラックスできる飲み物だったらなんでも良いのではと思います。
私は、ジャズ、コーヒー、タバコの三点セットでしたが
近年タバコやめたので、手持ち無沙汰
最近ようやく慣れてきました。
by そらへい (2012-12-22 11:22) 

お水番

最初の白鳥は、やっぱりお父様だったのでは?
私の父は三年前に亡くなりましたが、人ひとりをあの世に送るためのこの世の手続きを初めて学びました。
親は自分が死ぬ時に、子どもを一人前にするための最後の教育をするのだと、ある人が教えてくれましたが、本当だなあと思いました。

by お水番 (2012-12-22 14:12) 

めい

小学校の時講堂に黒幕を貼って試写会を
しましたね、ワクワクドキドキしたのを覚えています
でも何を上映したのか全然覚えていません^^;

映画で見た白鳥とお父様の姿が重なりましたね
でも白鷺はきっとお父様だったのではないでしょうか
3歳の息子を亡くした叔母が亡くなる寸前に白い鳩が
ベッドに留まったと言っていたのを聞いたことがあります
私は今でもそれを信じています
なので白鷺もきっと化身だったのでは^^

でも・・おぞましいほどの白鷺の数は
なんなんでしょうね!(笑)


by めい (2012-12-22 16:23) 

katakiyo

家の重みを知れば知るほど大変ですね
by katakiyo (2012-12-22 17:12) 

そらへい

お水番さん
こんばんは

ほんとうに人が生まれるのも大変ですが
人一人が亡くなるというのは大変なことなんだと実感させられましたね。
>親は自分が死ぬ時に、子どもを一人前にするための最後の教育をするのだ
昔、自分が親孝行を何もしていないと嘆いたら、ある方が
子供は2.3歳までの可愛さで十分親孝行を果たしているのだよ
とおっしゃってくださって、目の覚める重いをしたことがありますが
それに匹敵する言葉ですね。


by そらへい (2012-12-22 21:03) 

そらへい

めいさん
こんばんは

子供の頃、田舎で娯楽がなかったので小学校の講堂で見た映画
断片的ですが、結構覚えています。
豊田佐吉の物語とか、中村錦之助の織田信長とか
ダークダックスのふるさととか・・・

父の化身、そんな風に思ってみたいという、一種のセンチメンタリズムだと思います。実際は、土を起こした跡の虫を狙っていただけなのですが。
でも叔母さんの思い、誰もセンチメンタリズムとは否定出来ないですね。
幼子であれば尚更です。

トラクターの跡に群がっていたサギは実は種類が違いました。
アマサギという小型のサギで少し褐色の色がついていました。
行動の原理は同じなんですが。
by そらへい (2012-12-22 21:12) 

そらへい

katakiyoさん
こんばんは

田舎では未だに家を重んじる風潮がありますね。
すっかり崩壊しているはずなんですが。
ただ、それは別として、家族のつながりはいくら時代が変わっても
変わらないものだと思います。
by そらへい (2012-12-22 21:14) 

夏炉冬扇

こんばんは。
お父様のご兄弟も使命感だったのだと思います。
ご縁ですよ。ご先祖お守りです。
南無阿弥陀仏。
by 夏炉冬扇 (2012-12-22 21:55) 

プリウス

そらへいさん、こんばんは!!

家内の実家では、田んぼや畑があります。
昨年義母が亡くなって、、今は義父が一人で守っているのですが、、
年齢を考えると、少々気になります。。
かと言って、、全く経験の無い自分には・・・・・。
・・少しづつ、、手伝いから初めて見ますね。。。
by プリウス (2012-12-22 22:10) 

そらへい

夏炉冬扇さん
こんばんは

叔父、そうですね。
周りに近い親戚がいてくれたので私はまだラッキーな方でした。
今度は叔父が高齢になってきて、こちらが使命感感じてます。
これといって何も足さず、減らさず次世代へのバトンタッチですね。

by そらへい (2012-12-22 22:54) 

song4u

田舎暮らしの割りには、何故か農作業にはトント縁がありません。
強いて言うならば、小学生時代の落ち穂拾いぐらいのものです。
どうか笑ってやってください。

農作業は「植物」という生き物が相手でしょうから、天候に気候、
本当に大変だと思います。
趣味でやる分には、失敗しても何と言うことはないでしょうけれど、
兼業農家も含めて、それがある程度の生活の糧となったり、
地域との繋がりが確保されるような場合は、素人にはとても厳しい
事態が待っているのは容易に推測されます。

機械があってもこんな風です。
機械などなかった時代の苦労は、並大抵ではなかったでしょうね。
それに比べれば、複雑な人間関係があるにせよ、サラリーマンは
気楽な稼業なのかもしれません。
by song4u (2012-12-22 22:55) 

そらへい

プリウスさん
こんばんは

田舎の農業では、50代は若手です。
定年退職されたら、思いがけない道が開けているかもしれませんね。
それも悪くないかもしれませんね。
雨の日はジャズを聞いて・・・
by そらへい (2012-12-22 22:56) 

しばちゃん2cv

こんばんは。
安寿と厨子王、僕も小学生の頃、夏休み漫画大会みたいなテレビ番組で見た淡い記憶がよみがえってきました。
実は、私が22歳の時父が急逝しまして、田んぼが何反かあったのですが、近所の農家に作っていただいてます。地主というより、お願いして作っていただいている感じです。
by しばちゃん2cv (2012-12-22 22:56) 

そらへい

song4uさん
こんばんは

かつては日本人の人口の大半が百姓でしたが
今は、農家、少数派になりましたね。
なんの仕事も大変ですが、兼業農家はサラリーマンをやりつつ
土日は田んぼですからね。
若いころは休みが取れなくて不満たらたらでした。

コメ、取れないと倒産することはありません。
どのみちサラリーマンのサラリーで補填しているわけですから。
とれることによって、補填額が減少する、赤字幅が狭まるだけのこと。

兼業農家は土日しか時間がありません。
それで時間短縮のために高機能な機械を導入します。
田んぼ一枚売って機械化?なんて揶揄されることもありましたね。
何百万もする農機具、それだけお金があったら自分の家で食べるお米
何年分買えるだろうなんて話してました。

こうなると損得じゃできなくなってきます。
奉仕でもありません。
世間体とか、ご先祖さまに対しとかそんなことですよね。
もちろん、このような農業は現在、消滅しつつありますが。
by そらへい (2012-12-22 23:08) 

そらへい

しばちゃん2cvさん
こんばんは

22歳ですか。。私より10歳も若いお別れでしたね。
その後のご苦労が忍ばれます。
ただ、それくらい若いと周りも気の毒がって
農業、無理強いしたりはしないかもですね。
本当に、小作に出すといっても今は昔と逆転
作ってもらうだけでありがたい、わずかでも年貢いただければ
いいほうですからね。
by そらへい (2012-12-22 23:12) 

su-nya

また来ました~
夫との結婚生活はあまりいい思い出がありませんが
米作りや干し柿作り、野菜の収穫、こんにゃく作りなどは、
いい経験をさせてもらったと素直に思っています。
お金を払ってそういうツアーに参加するというものも都会には
ありますからね。農家で都会の人を迎えて体験ツアーをさせてくれるのは
ありがたいことです。
六本木のビルの屋上で米作りとかよりずっといいと思います。

私が長女を産んで40日で義父は亡くなりました。先に帰っていた夫を追って、私も新生児を置いてまだ外出解禁間もなかったのですが(帝王切開だったので)、新幹線で告別式、葬儀に駆けつけ、
田舎の初めて体験する神道の式に、「長男の嫁」としての勤めを果たしました。何もかも初めてで、大変でしたが、福島の土地での葬式は、喪主のおうちでは何もせず、近所の人たちが一切取り仕切ってくれる、喪主はただ座っているだけ、というものだったので

お雛様のようにしていました。

義父がまだ健在で、初めて田植えの手伝いに行った時、義父が運転していた田植えのトラクターが横転し、田んぼにはまった義父が泥だらけになるというハプニングがありました~笑い話で済んでよかったですけど。

バーボンやレモンティーは
完全に私の勝手なイメージでしたか(^_^;)
一般的にそう思われているものかとばかり。
by su-nya (2012-12-23 07:07) 

yoko-minato

私はたった6坪ほどの畑も大変でしたから
農家の人たちのご苦労には頭が下がりますね。
白鷺のお話はちょっと気持ちが暖かくなるような
気持ちでした。
そのままずっとそう思っていたかったですね。

by yoko-minato (2012-12-23 09:20) 

alba0101

ご訪問&コメントありがとうございます^^

途中まで泣きそうになってました...
最後はヒッチコック映画を見た感じでした(笑)

...でも最初の白鷺はお父様だったと思います。
by alba0101 (2012-12-23 10:51) 

yu-papa

nice!&コメント、有り難うございます^^
by yu-papa (2012-12-23 13:08) 

ぼんぼちぼちぼち

このアニメ映画 知らなかったでやす。
あっしの小学生のときは 学校の体育館にディズニーの101匹ワンちゃんが来た記憶がありやす(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2012-12-23 13:46) 

そらへい

su-nyaさん
こんばんは

農家の人として体験するのと、お金を払って体験するのと
同じ事をしても違うでしょうね。
su-nyaさんの場合は、もう過去の事になってしまったので体験と言えますが、その時はそんなものではなかったかもしれませんね。
干し柿作りは子供の頃見ていましたが、自分ではやったことがありません。ましてやこんにゃく作りはそれこそお金を払っての体験しかないです。

出産直後の移動とお葬式は大変だったでしょうね。
最もあんまり突発すぎて
きっと何が何だかわからなかったのではと思います。
喪主は座っているだけで良い
確かに親戚はそんなことを言ってくれましたが挨拶のようなもの。
特に我が家は母も悪かったので
嫁いで二ヶ月あまりの妻はお雛様というわけには行きませんでした。
お陰で一度に親戚みんなの顔を覚えてしまったそうです。
田舎の葬式はまさしく嵐ですね。
私達の周りをゴォっと音を立てて過ぎて行きました。

毎年のように、トラクターやコンバインの事故、新聞に載っていますね。
特に田植時期は水が回って畦が柔らかくなるので滑りやすく、転倒が起こりやすい気がします。

ジャズにバーボン、クラシックにレモンティ
私が知らないのかも・・・







by そらへい (2012-12-23 21:44) 

そらへい

yoko-minatoさん
こんばんは

農業は天候に左右されますからね。
生かされるのもお天道様のお陰ですが、
泣かされるのもお天気しだいです。
あの白い鳥が、この辺ではありふれているシラサギではなくて
もっと違った鳥だったら、
そう思い続けていたかも・・・
by そらへい (2012-12-23 21:48) 

そらへい

alba0101さん
こんばんは

ありがとうございます。
はじめ、ズッコケのない文章を書いていたのですが
それではあまりに格好良すぎる気がして
最後、いろんな意味で落とさせていただきました(笑)
by そらへい (2012-12-23 21:52) 

そらへい

yu-papaさん
こんばんは

こちらこそご訪問ありがとうございます。
by そらへい (2012-12-23 21:55) 

そらへい

ぼんぼちぼちぼちさん
こんばんは

101匹ワンちゃん、絵柄は思い浮かびますが
どんなストーリーでしたっけ?
by そらへい (2012-12-23 21:58) 

yukky_z

>そのお金をお寺やいろいろな付き合いに大半持っていかれた
>気がしています。

家督を継ぐというのは、ホント大変なことなんですね...
自分は面倒なことは、親にばかりやらせてしまってることに
今更ながら気づいた想いですよ^^;
by yukky_z (2012-12-23 23:57) 

そらへい

yukky_zさん
こんばんは

親が残してくれた家にただで住んでいるので
ま、その家賃とか、田舎で生きるための税金
のようなものなんですけれどね。
私も若い頃は、見事に親任せでしたよ。
そして、今また息子がそうです。
それでいいんだと思います。
by そらへい (2012-12-24 18:15) 

パパボン

今年の夏、朝チャリで水源管理していた同い年ぐらいのおっちゃんと談笑。
口話も・・・↓
「10アールの畑で小麦作って売値は2万円ほど、農薬が6千円もするんだ」
「無農薬栽培は朝から晩まで除草作業が必要!お隣さんも全員無農薬の必要があるし、勝手にやめられない」
などなど・・・軽トラで帰っていきました。
ps。井戸水ポンプの途中から水漏れしていてくじらの噴水のようで面白かったので話しかけたのでした(^^;
by パパボン (2012-12-25 09:59) 

ミチヤス

こんにちは クリイマス・イブも終わり、愈々年末へ
子供の頃の思い出、そして青年期と 父親の死 私も覚えています
最後に逢ったのは、家を新築してた年でした。親子四人で実家に行き、
帰りに父が見送って呉れたのです。今迄に無い事でした。その年の秋に亡くなりました。何かの虫の知らせでしょうか…
 今は父の歳ほどに成りました。夫婦二人で過ごしています

 毎日が寒いです 昨日は初めて雪が降りました。
  では また出て来ますけんで~
   年末風邪等惹かれません様に お体に気を付けて下さい  
by ミチヤス (2012-12-25 15:44) 

そらへい

パパボンさん
こんばんは

それでも小麦を作るのは補助があるからでしょうね。
そうしないと誰も小麦作りませんし、減反も計画通り進まない。
無農薬の話は、本当に一件の農家だけで済む話ではないですからね。
地面も空気も水もつながっているのだから・・・
とても草取りきれないので、今は減農薬なんて言ってますね。
家の畑は日照りになると水道水引いてます。
自家消費分なので、構わないですがこれが商売となると
コスト考えますからね、井戸水ありがたいと思います。

by そらへい (2012-12-25 20:15) 

そらへい

ミチヤスさん
こんばんは

今日でクリスマスも終わりですね。
今年は、珍しく受付期限ギリギリの今日、
年賀状投函できて、今ホッとしているところです。

見送りに出てこられたお父上、確かに虫の知らせ・・・
そのようなことありますね。
あとから考えると妙に符合することがあったりします。
私も父の歳を超えて、父が会えなかった孫にも会えて
贅沢言えないなぁと思うこのごろです。

本当に今冬は寒さが厳しいですね。
私達のところでも昨日、雪が舞いました。
ミチヤスさんご夫妻も、風邪など引かれませんように
丈夫にこの冬を送ってくださいね。

by そらへい (2012-12-25 20:24) 

タックン

はじめまして。
夏炉冬扇さんの所からお邪魔しました。
ちょっと読ませていただいて ついつい最後まで読んでしまいました^^
東映アニメ映画「安寿と厨子王丸」は知りませんでしたが 溝口監督の映画「山椒大夫」は美しい映像とともに記憶に残っています。
小さい時読んだときは「人買い」という言葉が怖くて怖くて^^
前記事を読ませていただいて70年代に西荻に住まわれていたとのこと
私もそのころ西荻に住んでいて「青春」の思い出がいっぱいです。
by タックン (2012-12-25 22:15) 

そらへい

タックンさん
こんばんは

ご訪問ありがとうございます。
「安寿と厨子王丸」に先立って溝口監督の「山椒大夫」が
存在することは知っていましたが実際に見たことがありません。
一度見てみたいですね。
タックンさんも70年代に西荻におすまいでしたか。
どのあたりだったのでしょう。
私は5年間で北にも南にもいました。
70年代なかばから後半でした。
by そらへい (2012-12-25 23:17) 

駅員3

ご訪問が遅くなり、大変失礼しました[冷や汗][あせあせ(飛び散る汗)]
お父様は鷺ではなかったかもしれませんが、大空の何処かから、そらへいさんが頑張っている姿を微笑みながら眺めてらっしゃいますよ!
将来、あちらに行かれてお父様と再会した時、「よく頑張ったな!」って抱き締めてくれる事でしょう!
by 駅員3 (2012-12-26 13:15) 

ため息の午後

私も安寿と厨子王を観た記憶があります(笑)。
東映アニメ、子ども心にも日本的な雰囲気を
すごく感じました。
by ため息の午後 (2012-12-26 20:40) 

そらへい

駅員3さん
こんばんは

お忙しいところ、ありがとうございます。
あの頃の私は鷺を父と思いたいくらい
父が恋しく、かつ頼りなかったのだと思います。
今は、父の年も越えてしまいました。
あの世では、お互い苦笑しながら肩を叩きあいたいものです。
by そらへい (2012-12-26 21:49) 

そらへい

ためいきの午後さん
こんばんは

この頃、日本製のアニメは珍しかったですね。
日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」が放映されるのは
この2年後1963年でした。
by そらへい (2012-12-26 22:09) 

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