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奇妙な模様~二十歳の原点 [読書]

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 あんなに待ちわびた桜も、もう葉桜です。花吹雪が舞って思わぬところまで飛んできて、家の外に放ってあった古い靴に、カタツムリとともに奇妙な模様を作っていました。

 さて、今回は前回アップしようと思っていた最近読み直した本の感想です。先日、song4uさんのブログで久しぶりに目にして、図書館で借りて一気に読みました。

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 「二十歳の原点」
 著者は当時立命館大学の三年生だった高野悦子さん。彼女が残したノートを父親が編集して1971年に出版されました。もう40年あまり前のはなしです。この本が出版されたとき、私はちょうど二十歳でした。

 読みはじめたとき、つい今の自分、60歳になった大人の目線で読んでしまっているのに気づきました。分別くさい感想など今更何の役にも立ちません。20歳の目線に戻って読み直しました。

 そうすると、そこに書かれていることは、かつての自分であること、40年前にすっかり置き忘れてしまった自分であるを気づかされました。

 若さ故の自意識過剰、矜持、コンプレックス、孤独感、焦燥、そうしたいろいろな思いが何の脈絡もなく、感情の赴くままに詰まっています。かつての自分がそうであったようにです。

 

 この本をはじめて読んだのはいつ頃だったのか記憶がありません。私はへそ曲がり、ベストセラーは冷めてからでないと読まないようにしていました。ですからこの本を読んだのもたぶん発売2.3年後、ひょっとしたらもう少し後だったかも知れません。

 著者と同時代人であった私は、この本を読んだとき自分にあまりに近すぎたせいか、かえって反発したのでしょうか。今回読み直したときほど共感を感じた記憶がありません。あるいは、自死した著者を意識的に遠ざける自己防衛反応が働いていたのかも知れません。

 ただ、本の中で、京都の有名なジャズ喫茶「しあんくれーる」が何度か出てきたことだけを記憶していました。

しあんくれーる a.JPG Champ Clair b.JPG

 


 
 著者、高野悦子さんは1949年生まれで私より二つ上です。この本で綴られている1969年という時代は学園紛争の真っ只中の時でした。彼女は大学2回生から3回生、私は高三の受験生であり大学入学したところでした。

 それまで受験勉強に邁進していた私は、この頃すでにバランスを失って、社会問題研究会や部落問題研究会に誘われるままに参加し、「友よ」などを歌ってました。

 本の中で、彼女がなぜ大学に来たか、と自問する場面がありますが、その時同じように私を捕まえていた思いは、なぜ大学に行くか、でした。

 こんな問いは今の若い人から考えたら笑い話です。いえ、それどころかそれから9年後、弟が大学に行くときすでに誰もそんなことは思いもせず、皆、迷わずに受験勉強をし当然のごとく、大学に行きました。

 しかし、あの時代、私たちにとっては重要なテーマだったのです。そこから自己を懐疑し、否定して乗り越える。弁証法的に言えば止揚していくのです。

 大人たちにこの思いをぶつけると、返ってくる答えは決まっていました。それは大学に行ってから考えればよい、と言うものでした。


 すでに大学生だった彼女は、なぜ大学に来たのかと言う問いを自らに突きつけながら、大学生活を送らなければいけません。自分を疑うこと、自分を否定しながらなおも生き続けなければいけない矛盾が生じます。こうして彼女はバランスを失っていきます。

 学園紛争がこの時代の若者にとって、特別過酷であったかどうか。日本、世界中を巻き込み、有無を言わさぬ戦争や飢餓に比べれば、全ての若者を包括しない学園紛争がどれほどのものだったのか。

 独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。---あとから思えば全てが自明の理であることを、彼女は真摯に見つめ続けます。いつの時代もそうであるように、若さというのは、賞賛され美化される一方でこれほどに過酷であったかと思います。

 「君は代々木系か反代々木系か」と言う問いを不信な敵意に満ちたまなざしで投げかけられる。しかも一年間、同じ机で学んだクラスの友達からその眼ざしを受けると私は寂しく悲しくなる。真剣に不信も無力感も感じてはいるが、何の態度も表明できずにいる無力な私、どっちもどっちだと考えることで辛うじて己の立場を守っている私。

 多くの学生は、この寂しさと屈辱感に耐えられず闘争に身をゆだね、エスカレートしていったのではないでしょうか。彼女もそんな独りだったのだと思います。

 この当時、学生運動をすることは当然のように思われていました。むしろどのセクトに属するかが問題視されたほどです。

 私の大学でもデモの当日になると、学生寮には大きな嵐が吹き荒れたようでした。嵐が過ぎ去ると、大勢の仲間たちを連れ去っていきました。もちろんただ見物に行っただけの者もいたのですが。

 寮に残された面々と来たら・・・私は決して彼らに与する者ではありませんでした。むしろデモに参加していった連中や仲間にこそ共感していました。私が好きだった友人satoはこの闘争の先頭を切っていました。それでも私は一緒に行動することが出来ませんでした。

 その頃、ノンポリであること、行動しないことは一種の悪でしたね。そしてその罪悪感、敗北感のようなものは、その後もずっとのしかかり続けるのです。

 1970年11月、三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地でアジ演説をして割腹自殺を遂げます。私は、寮の近く、いつも行く焼きそば屋のおばちゃんとテレビ中継を見ていました。この頃からです。急速に学生運動は衰退しやがて沈静化していきます。

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 今「二十歳の原点」をあらためて読み直してみるとその言葉の端々に、共感とともにあるもどかしい思いが交錯します。その頃私たちが一生懸命思っていたこと、捕まっていた思い・・・でもそうではなかったんだよ、と言いたくなります。

 彼女は、アルバイト先の若者が得ている給料より自分が受けている仕送りの方が多いことに気づきます。安穏な下宿を離れ、独りで生きていこうとしながら、誰かを求め続けます。

 彼女がそこでしかありのままの自分を吐露出来なかったノート、いつも自分を見つめ自分に語りかけていた孤独なノート、私が彼女に共感を抱くのは、この本が同時代であるとともに、そのノートによって構成されているからかも知れません。

 なぜなら私も自分自身に話しかけるように20代の自分をノートに綴っています。もちろん、内容は、彼女ほど高尚ではないのですが、時々彼女の叫びが私のノートの中のフレーズと重複します。

 今回ほぼ40年ぶりに読み直し、読み終えたときの寂莫とした寂しさ、やりきれなさのようなものに行き当たって、そういえば以前読んだときに感じた思いもこんな風だったと思い出しました。

 song4uさんによるとこの本が古書店で80円で売られていたそうです。彼女が命を賭して過ごしたあれほどの日々も、40年という歳月の果てに、風化してしまうのは仕方ないことなのかもしれません。

 ここに書かれていることは、独りの若い女性の普遍的な思いなのですが、今の若い人が読むと当時の時代背景である学園紛争が理解できないかも知れません。

 この当時世間を、とくに学校を席捲していた学園紛争が、あの忌まわしい浅間山荘事件だけで総括されてしまうとしたら、それは残念ですね。


 この頃、音楽は洋楽邦楽を問わず、花盛りだったような気がします。歌謡曲は当然、放っておいても耳に入ってきます。3度目のブレイク中の由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」もこの頃でした。寮やアパートの部屋では吉田拓郎を筆頭にフォークソングが流行っていました。

 洋楽ではビートルズの解散がささやかれ、ボブ・ディランや、ジョーン・バエズの反戦歌の向こうから、ビートルズに次ぐ流れであるかのように、サイモン&ガーファンクルが流れはじめていました。「二十歳の原点」の中でも、ジャズやクラシックの記述に混じって、著者が「スカボロフェア」を口ずさみながら夜道を帰る場面があります。


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cafelamama

「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」
このフレーズに何とも言えないものがこみあげます。
僕は高校の図書館で読みました。
高橋和己や吉本隆明、埴谷雄高 は、チンプンカンプンだったけど、
この本と柴田翔の「されどわれらが日々」は、今でも覚えています。

by cafelamama (2012-04-20 21:53) 

しばちゃん2cv

1968年生まれです。
by しばちゃん2cv (2012-04-20 22:18) 

たいへー

私が20歳の頃かぁ・・・
東京で、床屋の修行もろくにしないで、
レコード追いかけ回していたなぁ・・・
難しい事なんか考えないで、一人で気ままに生活していた。
でも、あのころに戻りたいとは思わない。
だって、未熟だったもの。^^;
by たいへー (2012-04-21 09:46) 

そらへい

cafelamamaさん
こんばんは

高橋和己、吉本隆明、埴谷雄高
懐かしいですね。
私は、難解なものはなっから苦手だったのでお名前しか知りません。
柴田翔「されどわれらが日々」
このタイトルだけで引かれました。
いろんな思い出と思いの詰まる70年前後でした。
「二十歳の原点」は読み直した今の方が印象強く残りました。
by そらへい (2012-04-21 18:43) 

そらへい

しばちゃん2cvさん
こんばんは

時代によって、それぞれ思いは様々、
しかし、若者が抱く思いや苦悩は、
いつの時代でもよく似ている気がします。
by そらへい (2012-04-21 18:45) 

そらへい

たいへーさん
こんばんは

結局のところ、私なども親の思いも知らないで
暢気なものでした。
でも、仰るようにあの頃に戻りたいと思わないのは
未熟で孤独だったからですね。
あの時代に経験しておけばそれで十分。
時々独りで震えていた気がします。

by そらへい (2012-04-21 18:49) 

sigedonn

古い靴にドキッとしました。シュールな絵画のようです。
cafelamamaさんのところでどっぷり70年に引き戻され
ここに来て、なんか「ふー」てえ感じです。
今年に入ってちょっとしたブログの出会いからあの頃にぐいぐい引っ張られています。嫌いな言葉だったけれど「総括」していない自分。
書くと少しさっぱりするかな。HPには小文、吐露してますが・・・。
by sigedonn (2012-04-21 20:44) 

song4u

そらへいさん、こんばんは。

もしもぼくの記事がきっかけで、そらへいさんに新たなページを書かせたとしたら
誠に僭越ではあるものの、まさに望外の喜びです。ありがとうございます!
まさかあれから40年も経って、こんな話ができたり聞いたりする機会があるなんて、
本当に信じられない思いでいっぱいです。

本にもたびたび出てくる「しあんくれーる」のマッチ、お持ちだったんですね。
ひょっとしたら、このマッチの写真は以前の画像に含まれていたのでしょうか?
もし含まれていたとしても、キャパの小さいぼくの頭の中では、本とマッチとは
とても結びつかなかったと思うので、結局分からなかったと思いますけど。(笑)

それにしても、そらへいさんの文章力は実に羨ましいです。
学生運動の部分的な詳細は、ぼくよりも少し前の世代のものであるだけに、
ぼくにも理解が難しいところが無きにしも非ずですが、その他のほとんどの部分は、
まさにぼくが書きたかったことそのものです。
ですが、ぼくにはまとめることが出来ず、記事は中途半端な内容になってしまいました。
ですからお陰さまでと言いますか、何だかぼくまでスッキリした気分です。
重ねて感謝申し上げます!(笑)

三島由紀夫の割腹事件は、学校(高校)から帰って知りました。
ただただビックリしたのを憶えています。
「益荒男が たばさむ太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐えて今日の初霜」
この辞世の句は、何故か心に残っていて、今もソラで言えたりします。
面白いですよね、特に三島が好きなわけでもないのに。
by song4u (2012-04-21 20:58) 

夏炉冬扇

今晩は。
出版したお父さん、気持ち揺れたでしょう。
by 夏炉冬扇 (2012-04-21 21:16) 

そらへい

sigedonnさん
こんばんは

40年も前のしかし大事なあの頃
吐露する機会もなく、胸に秘めていたいろいろな思い
歳を取って頭がぼけてしまう前に
皆さんのブログに触発されて書くことが出来たのは、
私の中でそれなりに意味があったと思います。
いえ、そういう意味では
まだまだ書き足りないくらいです・・・
by そらへい (2012-04-21 21:43) 

そらへい

song4uさん
こんばんは

断りもなく勝手にリンクさせて頂きました。
お許しください。
もちろん、song4uさんのブログを見て、「二十歳の原点」と再会
いえ、むしろ以前より深まった気がします。
今なら、いろんなことがわかる・・・気がするのです。
素晴らしい機会を与えて頂いた気がしています。

しあんくれーるのマッチについても、いつか紹介したいなと思いながら
機会がなくて、ハードディスクに残ったままだったんです。
今回やっと日の目を見ました。
実は、本当はジャズ喫茶、しあんくれーる紹介がメインだったのですが、
この本の力、この時代のインパクトの強さ、
書かずにはいられませんでした。

この本の内容は、偶然というか時代の必然だと思うのですが、
自分の二十歳頃の生き様とリンクするところがあって、
そのことも書いていたのですが、あまりに立ち入ってしまうため
省略しました。

三島事件は忘れもしませんね。
大学の階段を歩いていたら、一年上先輩が、三島がどうとかこうとか
隣人に声高に喋っているのを聞いて、
テレビを持っていなかった私は、寮の近くの焼きそば屋さんのおばちゃんところへ行って、テレビを見せてもらいました。
そのあと、アサヒグラフに三島の切り落とされた首が写っているとかどうとか話題になったりもしましたね。
by そらへい (2012-04-21 21:55) 

そらへい

夏炉冬扇さん
こんばんは

娘を理解できないまま、娘に先立たれたお父さんは
自分は父親失格だと述べています。
この本を纏めることで、お父さんは、娘が生きた時を
追体験し理解しようとしたのではないでしょうか。
そして出版することで、娘の生きた証を
みんなに知って欲しかったのではと思います。

by そらへい (2012-04-21 21:59) 

パパボン

私も大学へ行きたかった。
当時、テレビで見る学園紛争は、「お大臣の家の子供のお遊び」ぐらいのやっかみ半分な心境でいました。
18で父から離れられる喜びの方が大きかった。
高校の学費ぐらいは返そうと結婚までの3年間、給から20%を仕送りしつづけました。ツレさんと出会ったのもそんな頃。「同棲時代」なんていう映画や歌も流行っていました。
政治には一切興味はなかったのが、今頃ツレさんとテレビやネット観ながら原発や消費税を語っています。形は違えども今も昔も楽しいのだから良しとします(笑)。
ps。成人式の日は会社の寮で寝ていました。(タブン夜勤明け)。

by パパボン (2012-04-22 08:17) 

駅員3

残念ながら私は読んだことがありません。
早速探してみます!
by 駅員3 (2012-04-22 17:15) 

something

そらへいさん

こんばんは。今回の記事はとってもぐっとくるというか、そんな感じだったのでコメントが遅くなってしまいました。

「二十歳の原点」という本は、私は読んだことはありませんが、高校に入学したばかりのときに、クラスのある女子が読んでいたのを思い出します。

やはり、そらへいさんもおっしゃっていますが「なぜ大学に行くのか」というテーマのようなものが、あの頃の私たちはみな、それぞれが持っていたような気がします。

ただ、私たちの時期は、すでに学園紛争も終末期であり、ごくまれに、期末試験がロックアウトで中止になったのが1回あったこと、中庭でアジびらを配っていたあるセクトの学生に集団で襲ってきた別のセクトの者たちに鉄パイプで殴りかかり、私たちは大騒ぎで逃げ惑ったことが1回だけあったぐらいで、あとは平穏なものでした。その彼は、学生運動家というだけで、病院をたらい回しにされ、結局亡くなったのですが、それが大きなニュースになったのを覚えています。

学生運動は私たちの年代には「残り香」のようなものだったと思います。私たちより5歳ぐらい上の人達が、その衰退をテーマに歌にしたのが「森田童子」だったりします。彼女のコンサートには1度行きましたが・・。

学生運動を知らない我々は、なにかそのジェネレーションの人達に対しコンプレックスがあります。真剣に生きることを考えていないんじゃないかという・・。

早速、高野悦子著「二十歳の原点」アマゾンに注文しました。
by something (2012-04-22 18:01) 

プリウス

そらへいさん、こんばんは!!
二十歳の自分を思い出して見ると、当時の自分は、”大人になった”と思っていても、
両親から見ると、”まだまだ頼り無い”・・・・でしょうね。
特に思想を持っていたのでも無く、沢山の友人と面白おかしく過ごしていただけです。

自分の子供が、二十歳になって、やっと分りました!
by プリウス (2012-04-22 19:05) 

そらへい

パパボンさん
こんばんは

学生運動、学生ではない人たちから見れば、多分そんな感想だったろうと思います。学生は学生で働く人たちに対してコンプレックスを持ちながら活動していた気がします。
ただ、純粋に学問をしたり自由に物が言えたり考えられたり出来る時は
あの頃しかなかったかも知れません。
私も成人式はアパートにいました。そしたらどこで調べたのか
民生委員らしい人が成人記念の皿を持ってきてくれました。
親切で丁寧だなと感心したのですが、
ただ皿に入った市長の名前だけが邪魔でした(笑)

by そらへい (2012-04-22 21:05) 

そらへい

駅員3さん
こんばんは

爽やかさとは、対極をなすような
あの時代の未熟で孤独な女性の呻きと叫びですが、
同時代ではない人達にはどんな印象を与えるのか
興味があります。
by そらへい (2012-04-22 21:10) 

そらへい

somethingさん
こんばんは

あの時代、私たちは親からすねをかじりながら、
お酒を飲んだり煙草を覚えたり、
寮やアパートの一室で夜を徹して語り合ったり
好きなことをやってましたね。
束縛するものからは自由であろうと抵抗して
でもせいぜい抵抗することぐらいしかできなくて・・・

なぜ大学に行くか、
この命題を突きつけられた高校時代のほうが
苦しかったかも知れません。

学生運動をしていた人たちだけが、真剣に生きようとしていたとは
言えないと思います。
運動であり団体行動には必ず不純分子もついて回ります。
ただ、若い人がもつ悩みや正義感、エネルギーの発露が
学生運動という形で具現化されただけではなかったのか。

何時の時代も、真面目に生きようとした若者は大勢いると思います。
by そらへい (2012-04-22 21:30) 

そらへい

プリウスさん
こんばんは

私たちの時代に比べると、
今の若い人達は素直で従順なので驚きます。
それだけ時代に余裕が無いのでしょうか。

私はいつ、息子が抵抗してくる、反抗してくるかと待ち構えてましたが
ほとんど肩透かしでした。
逆に予想してなかった娘にはやられましたが。


by そらへい (2012-04-22 21:41) 

ken

二十歳の原点ですね
学生の時に読みました・・が内容はすっかり忘れてしまってます。
たぶん、実家に本があるかもしれないので、もう一度ちらっと
読んでみます。
自分は時代としてはそのあとの時代、新人類世代ですが
この本は妙に感ずるところがありました。
反戦歌は自分は好きです、ビクトル・ハラの平和に生きる権利
が好きでした。
by ken (2012-04-22 23:45) 

そらへい

kenさん
こんばんは

私も若い時読んだ記憶より、今読みなおした方が
印象強かったです。なぜか。
新人類、我々の時は現代っ子って言われたのかな
何れにしても、新人類、我々がこだわったことを
難なくクリアしていって、羨ましいような物足りないような思いでいましたが
現代っ子と言われた我々だって、けっこう古いもの
引きずってました・・・
by そらへい (2012-04-22 23:53) 

末尾ルコ(アルベール)

わたしは三島事件をはっきりとリアルタイムで知っている世代ではありませんが、ご指摘の「アサヒグラフ」が家にあったのを覚えています。
パパラッチ写真週刊誌が出始めたころ、三島の首のアップが掲載されて物議を醸し出したのは今でも鮮明に覚えています。

そう言えば若松孝二監督が三島事件を映画化しており、今年6月に公開されますね。

                            RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2012-04-23 00:05) 

ハマコウ

この本は読まない方がよいのではと高校生の時に言われました
題名はよく知っていますし 内容もうっすらと想像できました
しかし 誰に言われたのか 覚えはありません

わたしは次の世代
中学の恩師に○○大を受けるのは辞めた方がよいとも言われました
学生運動の影響がまだ残っていた時代を思い出します
by ハマコウ (2012-04-23 18:51) 

そらへい

RUKOさん
こんばんは

当時は、今より表現が柔らかだったのだと思います。
本屋さんで立ち読みしたか、人が買ってきたのを見たのか忘れましたが
ぼんやりとそれらしきものが認識出来る画像だったと思います。

若松孝二監督元気ですね。彼も同時代の人
どんな風に描くのか、興味あります。
by そらへい (2012-04-23 22:48) 

そらへい

ハマコウさん
こんばんは

高校生には刺激が強いと言うか、負の連鎖のようなものを
親か教育者の人は恐れたのでしょうね。
私はすでに二十歳だったので、この本のことが学校(高校)で
そんな風に扱われていたとは知りませんでした。
多くの人たちが、髪の毛を切って社会に復帰していきましたが
中に運動から抜けきれない人がいて
それで大学間にも温度差があったのでしょうね。
by そらへい (2012-04-23 22:53) 

tromboneimai

その時代を駆け抜けた皆様方を少し嫉妬の気持ちを持ちながら
眺めていた記憶があります。
二十歳の原点、ついぞ読まずにきましたが、
探してみます。

by tromboneimai (2012-04-24 23:27) 

そらへい

tromboneimaiさん
こんばんは

混沌としていた時代に揉まれながら
やがて若者は老いて行き
高度成長期の担い手にでもなったのでしょうか。
「二十歳の原点」
風化を免れて、文庫として今も生き続けているそうです。
by そらへい (2012-04-25 23:42) 

bigryu

お久しぶりです。
「二十歳の原点」、バブル期の学生時代に別の大学に通う妹からすすめられて読み、いい本で妹を見直した記憶があります。
違和感なくというか、どの世代の若者は同じ閉塞感を感じているんだなあとの感想だったような。。

好きな本のタイトルを見かけるのは、こんなにうれしいものなんですね。
by bigryu (2012-05-19 23:23) 

そらへい

bigryuさん
こんばんは

お久しぶりです。復活ですね。
この本は、学生運動を背景にしてはいますが
どの世代の若者にも通じる閉塞感を著していますよね。
私も別の方のブログで見て、久々に読み直しました。
by そらへい (2012-05-20 20:55) 

hirano

そらへいさん
 はじめまして。ブログを拝見してコメントを書かせて頂いております。
 僕は京都に住んでいます。現在、働きながら、演劇に参加していて、来年の7月に公演を行う予定です。今回は参加者が皆で調べて、台本を作成していくというスタイルで、舞台となるのは1970年頃の京都です。
 その創作にあたり「20歳の原点」で高野さんがよく行かれていたという「しあんくれーる」について調べている中で、そらへいさんのブログを拝見しました。
 今回コメントをさせて頂いたのはそらへいさんがこの記事の中で『ここに書かれていることは、独りの若い女性の普遍的な思いなのですが、今の若い人が読むと当時の時代背景である学園紛争が理解できないかも知れません。この当時世間を、とくに学校を席捲していた学園紛争が、あの忌まわしい浅間山荘事件だけで総括されてしまうとしたら、それは残念ですね。』と書かれていて、非常に心に残ったからです。
 僕は現在33歳です。勉強不足なこともあり、この当時のことをほとんど知りません。調べていても、象徴的な部分ばかりに目がいってしまい、この時代を過ごしていた方がなにをどのように感じてられたのかまで行き着くことができません。
 そらへいさんのブログを拝見していて、きっとそこにあったであろう熱を感じることができました。ありがとうございます。突然のコメントで、長々としかもまとまりのない文章で申し訳ありません。
 最後にぶしつけなお願いで恐れ入りますが、一度そらへいさんにこの時代のことについてお話を伺うことはできますでしょうか。当方のメールアドレスを記載させて頂きます。もし、よろしければご連絡を頂けますと幸いです。

平野雄一 me.from.g@gmail.com



by hirano (2012-10-23 20:40) 

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